恋は諸行無常。

音楽、ナンパ、思想

恋愛は人生の花であります。この外に花はない。坂口安吾『恋愛論』



 

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太宰が好きだといういうと今や完全にミーハーな今日この頃。

常にオルタナティヴでありたい私は、太宰と同時期の文豪、坂口安吾『恋愛論』の書評を書きました。

 

坂口安吾について

代表作『堕落論』『桜の森の満開の下』。昭和初期の文豪。薬中&アル中&鬱病

部屋の汚さに定評がある。中学2年時、偉大なる落伍者を自称し、

テスト用紙が配られた直後白紙の答案を提出するなどキレッキレの厨二病ぶりを発揮する。デカダンの体現者。

人間的には駄目駄目で滅茶苦茶なことばかりやってる無頼派のシンボル的存在。

しかし文化人としては超一流で三島由紀夫太宰治と並び評されるなど文豪からの評価も高い。

 

恋愛論から抜粋。

 

 人生において、最も人を慰めるものは何か。苦しみ、悲しみ、せつなさ。

さすれば、バカをおそれたもうな。苦しみ、悲しみ、せつなさによって、

いささか、みたされる時はあるだろう。

それにすら、みたされぬ魂があるというのか。

 

ああ、孤独。それをいいたもうなかれ。

孤独は、人のふるさとだ。

恋愛は人生の花であります。

いかに退屈であろうとも、

この外に花はない。

 

ラストの一節。苦しみ、悲しみ、せつなさは自分を満たしてくれるものだが、孤独だけはそうはいかない。何故なら孤独は我々の生まれ故郷のようなもので常に我々の根底に存在しているものだから。

からの、恋愛は人生の花であります。宣言。ここが特に好き。だ・である調から突如です・ます調に変更して言いたいことを言い切る。痺れますわ。

 

ほんとうのことというものは

ほんとうすぎるから、私はきらいだ。

死ねば白骨になるという。死んでしまえばそれまでだという。

こういうあたりまえすぎることは、無意味であるにすぎないものだ。

~中略~

恋愛は所詮幻であり、永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、

それをするな、といい得ない性質のものである。

それをしなければ人生自体がなくなる

ようなものだから。つまりは、人間は死ぬ。

どうせ死ぬものなら早く死んでしまえということが

成り立たないのと同じだ。

 

永遠の恋なんてこの世に存在しないけれど、そんな当たり前のことを言うのは俺はきらいだ。それでも恋愛はロマンチックなものだと俺は信じたいんだよ。という安吾は言います。安吾意外とプラス思考w誰だって夢見て人生生きた方が楽しいしね。

 

私は妻ある男が、良人ある女が、恋をしてはいけないなどとは考えていない。

私はいったい同情はすきではない。同情して恋をあきらめるなどというのは、 

第一、暗くて、私はいやだ。

私は弱者よりも、強者を選ぶ。

積極的な生き方を選ぶ。

この道が実際は苦難の道なのである。なぜなら、弱者の道は

わかりきっている。暗いけれども、無難で、精神の大きな格闘が不要なのだ。

 

文豪といえば知的な香りがするが、基本的に芸術家にはイカれたやつしかいないし、それ故僕は文豪が好きなんだが、安吾も御多分に漏れずクレイジーな奴ですわ。安吾はいきなり不倫を肯定します。好きな人が出来てしまったのであれば彼氏彼女妻良人に同情して恋を諦めたりするのはダサいし、暗くでしょ、と。

 

暗いけど、特に面白いこともないが、楽な、弱者の生き方じゃなくて、大変なことが多くて、危険だけど、明るい、強者の生きかたを俺はしたいんだ、と。

僕もしたいです(迫真)

 

人は恋愛によっても、満たされることはないのである。

何度、恋をしたところで、そのつまらなさがわかる外には偉くなる

ということもなさそうだ。むしろその愚劣さによって常に裏切られる

ばかりであろう。そのくせ、恋なしに、人生は成り立たぬ。

所詮人生が馬鹿げたものなのだから、

恋愛がバカげていても恋愛のひけめ

になるところもない。

バカは死ななきゃな治らない、というが、我々の愚かな一生において、

バカは最も尊いものであることも、また、銘記しなければならない。

 

いいですねー。恋愛は常に僕たちを裏切るし、決して満たしてはくれないけれど、恋愛なしでは人生は物足りない。恋愛はそんなバカげたものだけれど、そもそも人生がバカげているんだからちょうどいい。そして恋愛ほど人生で愚かで素晴らしいものはないっていう矛盾した表現。上手いですわ。

 

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